ダサと共に
- idennsi .
- 2024年2月3日
- 読了時間: 1分
更新日:2024年2月15日
なんかもう最近描けば描くほど、絵って感覚ゲーなんだなって思う。
新しい気づきがあるのは嬉しいけど、それと同時に学生時代に叩き込まれた「感覚で描くな、理論で描け」という方針がずっと枷になってたんだなと思ってしょげる。
感覚が鈍いやつはまず、世間に溢れてる感覚や意識という言葉を「そういうもの」として受け取らずに、自分にとってそれがどれを指しているのか、どうやったらそれが湧いてくるのか、ピッタリハマるまで特定することから始めなあかんかったんやなって。 どう考えても言われたことに従う事しかしてこなかった自分が悪いのに、感情がキーキーいってうるさい。
自身の不出来さからくる苦労を誰かにわかってほしい、周りは自分のような苦労をしていないんだ、と羨むスーパークソダサ状態。
他者の苦労や努力を矮小化して自分のやってきたことも否定するという最悪のダブルコンボ。
でもこのクソダサい自分が絵を辞めなかったから今があるので、こいつを引きずりながらまた描いていくしかない。はやく落ち着いて鎮静化したい。
